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福岡地方裁判所 昭和52年(ワ)1534号 判決 1980年9月09日

原告

荒木雪利

ほか一名

被告

西日本鉄道株式会社

ほか二名

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは連帯して原告荒木雪利に対し金一一八六万二六八八円、原告荒木房子に対し金一一五六万二六八八円及びこれらに対する昭和五一年三月二六日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故(以下「本件事故」という。)の発生

訴外荒木敏夫(以下「敏夫」という。)は、昭和五一年三月二六日午後七時二分ころ、大野城市大字瓦田の被告会社春日原第五号踏切道付近の東側道路(同市大字白木原字後原二四六番地一七先)の軌道寄りの部分に停車した被告平島運転の普通貨物自動車(福岡一一す四六五一、以下「本件車両」という。)から降りる際に、右道路の側溝に足を踏みはずして、右道路西側に隣接する被告会社の大牟田線電車軌道内に転倒したため、同軌道内(以下「事故現場」という。)において、折りから進行してきた福岡発大牟田行電車(以下「本件電車」という。)に衝突されて、頭蓋骨々折の重傷を負い、同年五月四日午前二時二〇分ころ死亡した。

2  責任原因

(一) 被告平島の責任

被告平島は、本件事故当時、本件車両を運転し、本件車両の助手席に敏夫を同乗させていたのであるが、同人が泥酔して正常に降車できる状態ではなく、前記道路西側には側溝があり、柵なくして右軌道と接しているうえ、右軌道付近に本件電車が接近していたのであるから、自動車を運転する者として同人が安全に降車できる位置に本件車両を停車させるのはもちろん、同人の動静に注意して、同人が降車することにより危険を生じさせることがないように配慮すべき注意義務があるのに、これを怠り、本件車両を右道路西側側溝に接近して停車させ、且つ、同人に何らの注意を払うことなく同人を放置した過失により、同人が本件車両から降りる際、右側溝に足を踏みはずして事故現場に転倒し、進行してきた本件電車に衝突されたものである。

(二) 被告井上の責任

(1) 被告井上は、本件車両を使用し、自己のために運行の用に供していたものである。

(2) 本件事故は、本件車両の運行によつて生じたものである。

(三) 被告会社の責任

(1) 事故現場付近は、被告会社の大牟田線下り東側軌条からわずか二・六二メートルの距離で道路と接しており、しかも右道路に接した部分に側溝があつて、右道路側の人が右側溝に足を踏みはずして右軌道内に転倒するときは下り電車と衝突する状況にある。

(2) 従つて、被告会社は、事故現場付近の軌道施設を占有する者として、右道路側の人が右軌道内に転倒するのを防ぐために、事故現場東側に柵を設置する等保安設備を設けるべきであつたのに、これを行わず、右状況のまま放置していた。被告会社の事故現場付近の工作物である軌道施設の設置管理には、本件事故当時、瑕疵が存した。

(3) 敏夫は、右のような瑕疵によつて、右側溝に足を踏みはずして、右軌道内の事故現場に転倒し、その結果本件事故が発生した。

3  損害

(一) 敏夫の損害

敏夫は、本件事故当時、二〇歳で、平島組に勤務していたが、本件事故がなければ、なお四七年間は就労して、ホフマン式計算法によつて中間利息を控除し、さらに生活費として二分の一を控除しても、金二八二五万〇七五五円相当の得べかりし収入があつたところ、これを失つたものである。本件事故における同人の過失を考慮しても、同人は、少なくとも、金一四一二万五三七七円の損害賠償債権を有する。

(二) 原告らの承継

原告らは、敏夫の父母であるから、同人の死亡によつて、同人に帰属した右(一)の損害賠償債権を二分の一の割合による金七〇六万二六八八円宛それぞれ相続により取得した。

(三) 原告らの慰謝料

原告らは、本件事故により子である敏夫を失い、精神的打撃を受けた。その慰謝料はそれぞれ金四〇〇万円が相当である。

(四) 葬儀費用

原告荒木雪利は、敏夫の葬儀のため金三〇万円の出捐をした。

(五) 弁護士費用

原告らは、本件訴訟を原告ら訴訟代理人両名に依頼し、報酬として合計金一〇〇万円を支払うことを約した。原告らの負担は、各二分の一の割合による各金五〇万円宛である。

4  よつて、被告らに対し、各自、原告雪利は右損害金合計金一一八六万二六八八円、原告房子は右損害金合計金一一五六万二六八八円及び右各金員に対する事故発生の日である昭和五一年三月二六日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  被告平島及び被告井上

(一) 請求原因1の事実のうち、敏夫が原告ら主張の日時場所において被告平島運転の本件車両から降りたこと、その後に同人が頭部を負傷し、原告ら主張の日時に死亡したこと及びその時原告ら主張のように本件電車が進行してきたことは認める。敏夫が原告ら主張のように側溝に足を踏みはずして前記軌道内に転倒したことは否認する。その余の事実は知らない。

なお、敏夫は、本件車両の助手席から飛び降り、右軌道内の事故現場に仰向けに転倒したのである。

(二) 請求原因2の事実について

(1) 同(一)の事実のうち、被告平島が本件事故当時本件車両を運転し、助手席に敏夫を同乗させていて原告ら主張の場所に本件車両を停車させたこと及び本件事故当時前記道路西側には側溝があり柵なくして被告会社の大牟田線軌道と接しているうえ、右軌道付近に本件電車が接近していたことは認める。その余の事実は争う。

なお、仮に被告平島に原告ら主張のような注意義務があるとしても、同被告は、日ごろ、事故現場付近に駐車しているので、右軌道側が溝になつていて本件車両から同方向側に降りるのは危ないことはよく承知していたため、白木原駅付近の踏切から事故現場へ行く途中の平島組事務所に入る三叉路で一旦本件車両を停車させ、同所で敏夫に降車するように指示したのであるが、同人がこれに応じなかつたため、更に事故現場で停車する前にも、再度、運転席側より降車するよう重ねて注意を促した。にもかかわらず、同人が右注意を無視して本件車両の助手席側から飛び降りたため本件事故が発生した。同被告には過失がない。

(2) 同(二)の事実のうち、同(1)の事実は認め、同(2)の事実は否認する。

(三) 請求原因3の事実について

(1) 同(一)のうち敏夫が本件事故当時年齢が二〇歳であつたこと及び同人が平島組に勤務していたことは認める。その余の事実は争う。

(2) 同(二)、(四)、(五)の各事実は知らない。

(3) 同(三)の事実は争う。

2  被告会社

(一) 請求原因1の事実のうち、原告らの主張する日時場所において敏夫が被告平島運転の本件車両から降りる際に側溝に足を踏みはずして事故現場に転倒して負傷し、原告ら主張の日時に死亡したことは認める。その余の事実は知らない。

(二) 請求原因2(三)の事実は争う。

(三) 請求原因3の事実は知らない。

第三証拠〔略〕

理由

一  (本件事故の発生)

敏夫が昭和五一年三月二六日午後七時二分ころ事故現場付近道路に停車した被告平島運転の本件車両から降りた時に事故現場において頭蓋骨々折の重傷を負い、同年五月四日午前二時二〇分ころ死亡したことは、当事者間に争いがない。

二  (被告らの責任)

1  (事故現場)

(一)  被告平島が本件事故当時本件車両を運転し助手席に敏夫を同乗させて原告ら主張の場所に本件車両を停車させたこと及び本件事故当時その道路西側には側溝があり柵なくして被告会社の大牟田線軌道と接していたことは、原告らと被告平島及び同井上との間では争いがない。

(二)  原告ら主張の写真であることに争いのない甲第九号証の一ないし五、成立に争いのない丙第一、第二号証、検証の結果を総合すると、事故現場付近には、被告会社の大牟田線の電車軌道と並行して、東側に、細い側溝を距てて南北に一直線に走つている道路が接していること、右の軌道や道路は、事故現場付近の見通しが良いこと、右道路から下り線外側の軌条までの距離が二・八メートルであること、右道路は、幅員五・一メートル、平担であり、アスフアルト舗装されているが、軌道寄りの四五センチメートルの部分は泥面であり、それから深さ約五〇センチメートルの側溝となつていること、右舗装部分から右溝に至る面には雑草が生えていたこと、右道路には街燈があること、本件現場付近の右道路と右軌道の間には、当時柵などなかつたが、本件事故後設けられたこと、以上の事実が認められ、これに反する証拠はない。

(三)  他方、前掲証拠に、被告平島勉本人尋問の結果を総合すると、本件事故当時、本件車両の停止位置について、その前後の場所が必ずしも双方の指示するところが一致しない部分があるけれども、これは本件においていずれであつても影響がないと考えられる。ただ右道路の軌道側に寄つて、車体左側面が道路と軌道横側溝とが接する線一杯であつたことが認められる。

2  (本件事故の態様)

(一)  本件事故当時、本件電車が事故現場に向つて進行中であつたこと、敏夫が当時二〇歳で、平島組に勤務していたことは、原告らと被告平島及び同井上との間では争いがない。

(二)  弁論の全趣旨によつて真正に成立したと認められる甲第一、第二号証、原告の存在及びその成立に争いのない同第一三ないし第一六号証に証人木下実信、同荒木良一の各証言を総合すると、本件事故直後に敏夫を診察した原外科医院の医師原泰文が電車に接触しなければこのような負傷は考えられないと言つたこと、本件事故直後の同人には前頭部に多発烈創があつて右前頭部が陥没骨折していた事実を認めることができるので、これらの事実によれば、同人が本件電車に右前頭部を衝突されて頭蓋骨々折の重傷を負つたものと推認することができる。

(三)  もつとも、証人木下実信の証言、検証の結果によれば、本件事故当時、事故現場付近には、人の頭ぐらいの大きさのコンクリート破片や石が散在していた事実が認められるので、同人が転倒して右コンクリート破片や石に頭部を打ちつけて負傷したかもしれないと考える余地がないわけではない。しかし、転倒してコンクリート破片や石に頭部を打ちつけただけでは、通常、陥没骨折のような重傷を負うと考えることは困難であるから、結局、敏夫が本件電車に接触していないという証人木下実信の証言は採用することができない。

3  (本件事故の原因)

(一)  前記認定の道路、本件車両、側溝、軌道、軌条の位置、距離関係に基づいて考えると、原告ら主張のように、敏夫が本件車両の左側扉を開いて降り立ち、側溝に足をとられて転倒したとするならば、これだけでは、同人が本件電車と接触することができないことは明らかである。他に原告ら主張事実を認めるに足りる証拠はない。

(二)  むしろ、本件車両の左側扉から降りて本件電車と接触する位置にまで進むには、単に転倒したというだけでは足りず、他に何らかの行為の介在がなければ合理的に説明することができないというべきである。敏夫以外の者の行為の介在を認むべき証拠のない本件においては、同人自身の意思に基づく何らかの行為があつたと認めるのが相当である。

そうはいつても、通常、人が理由もなく軌道内に立ち入つて軌条に近づくという危険な行為をするとは考えられないが、成立に争いのない甲第一〇号証、証人荒木良一の証言によつて真正に成立したと認められる同第一一号証、同証人及び証人木下実信の各証言、原告荒木房子及び被告平島の各本人尋問の結果を総合すれば、敏夫は、酒に酔うと陽気になり噪いだり巫山戯たりする傾向があり、本件事故当日も、午後から雨が降つてきたため、勤めていた平島組の道路舗装の仕事がなくなつて、夕方近くから、被告平島や同井上を含めて同僚ら七、八人で、春日原の飲食店十勝において、合計ビール一三本、酒一六本を飲み、歌を歌つて騒ぐなどかなり酔つていたこと、午後七時ころ帰宅の時もひとり取り残され、被告平島から本件車両の助手席に乗せられて、連れて帰られるところであつたこと、同被告が春日原から平島組の事務所へ向つて本件車両を運転して行く途中、敏夫は、同被告に対し、「二日市に井上君と三人で飲みに行こう。」など話しかけていたこと、その後、同被告は、白木原駅付近の踏切を左折し、事故現場付近の道路に至る途中の三叉路において、平島組事務所内に入ろうとしたが、同事務所内には既に二トン車が置いてあつたので、それ以上に本件車両を入れることができず、右三叉路で一旦停車し、同人に対し、ここで運転席側から降車するように指示したが、同人が「よかよか。車を左側にいつぱいにつけ。おれが見よるけん。」と言つて降りようとしないので、事故現場付近道路まで行つて本件車両を停車させたこと、その間、同人は助手席の方の窓を開けて「オーライ、オーライ。」と言つていたこと、同被告は、同所でも、同人に対し、重ねて運転席側から降りるように指示したが、敏夫はこれを無視して助手席側(その床面は一メートル以上の高さがある。)から声をあげながら跳ねるようにして飛び降りたこと、そして、軌条に向つてよろけるようにして倒れかかつたところへ折りから本件電車が進行してきて通過したこと、同被告は、同人がそのままの姿勢で動かなかつたので、近寄つてみると、血を流していたこと、一方、被告会社の電車運転士木下実信は、本件電車を運転して時速四五メートルで進行中、事故現場手前三七メートルの地点に差し掛つた時、進路前方左側路上に停止していた自動車から人がよろよろと倒れたので、急停車の措置を講じたが、事故現場を六〇メートル近く過ぎて漸く停止したことが認められる。

(三)  右認定の事実から考えると、敏夫が本件車両から降りるのに軌道内の事故現場に向つて跳躍するような恰好で飛び降りたと認めるのが相当である。同人の行動は、一見、常軌を逸したもののように見受けられるけれども、本件事故当時、同人が平常の状態ではなかつたことから、酔余の行動として見た場合、それなりに首肯しうるところであると考えられる。

証人荒木良一及び原告荒木房子は、敏夫が右認定のような行動をとることはおよそ考えられないと供述するが、遺族の気持としてそう思う心情は理解しうるけれども、遺族の心情だけで右の認定判断を左右することはできない。

4  (被告平島の責任)

以上の事実によれば、被告平島は、本件事故当時、敏夫と平島組の同僚であり、ともに飲食して、酔つた同人を本件車両の助手席に乗せて、平島組の事務所まで送ろうとしていたのであるから、被告平島には、本件事故当時、本件車両の運行、就中、同乗車の乗降に際しては、その安全に配慮すべき注意義務があつたというべきである。そして、本件事故当時、事故現場付近の道路は、柵なくして西側において被告会社の大牟田線電車軌道と接しており、その間の道路側には側溝があつたので、被告平島としては、同人が本件車両から降りるに際し、右側溝に足を踏みはずしたり、右軌道内にはいり込むことのないように配慮すべきであつたというべきである。しかし、前掲証拠によつて、敏夫が本件事故当時酔つていたとはいえ、前認定のとおり本件車両の幅寄せのための誘導を買つて出たりしていること等当時の状況について認識があつたことを考えると、少くとも自分の行動を制御することができたというべきであるから、同人の行為は、同被告の安全を配慮すべき注意義務の範囲を超えたものとみることができる。

従つて、被告平島に本件事故と因果関係のある過失があつたと認めることはできない。

5  (被告井上の責任)

請求原因2(二)(1)の事実は、当事者間に争いがない。本件事故は、前記認定のとおり、敏夫が本件車両の助手席側から飛び降りて軌条近くまで寄つたことによつて生じたものであるから、本件車両の運行そのものから直接に生じたものでないのはもとより、その運行と本件事故発生との間に相当因果関係があるということもできない。

6  (被告会社の責任)

工作物である電車軌道施設の占有者は、人が軌道内に立ち入つたため生ずる電車との衝突という事故を防止するよう設置管理をすべき義務があるというべく、一般に、道路から軌道内に立ち入ることが容易であるときは、それだけ危険が大きいといわなければならない。従つて、その間に柵などを設けることは、危険防止のために効果的であることは否定しえない。そして、本件事故現場周辺には、本件事故当時、柵などの設備がなかつたことは、前記認定のとおりである。

しかし、通常、右道路を通行する者が右側溝に足を踏みはずすことは予想されず、右通行人が通常の注意力をもつて右道路を通行する限りなんら危険のないものということができる。また、検証の結果によれば、右側溝の道路側から右軌条まで二・八メートルあることが認められるうえ、前記認定のように事故現場付近は見通しが良いのであるから、たとえ右通行人が右側溝に足を踏みはずして転倒しても、右軌道上を走る電車との衝突が生ずる可能性は通常少ないし、通行人においても自らこれを容易に避けうるというべきである。しかも、本件事故は、先に説示のとおり敏夫の行為によつて生じたものであり、その行為は、たとえ柵などが設置されていたとしても、酔余これを乗り越えて軌道内に立ち入つたのと同視しうるものというべきであるから、単に柵などの設備がなかつたことをもつて、工作物である軌道施設につき、被告会社の設置管理に瑕疵があつたということはできない。

三  以上のとおり、原告らの本訴各請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないから、これらを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 富田郁郎 川本隆 高橋隆)

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